小熊英二『<民主>と<愛国>』評

「読者がその本を読みたくなるような書評が良い書評だ」とどこかで聞いた覚えがある。「この本を読めば馬券は当たり、吹き出物は引っ込み、恋愛運上昇間違い無し!喜びの声がこんなにも!」ではなく、内容の要旨をうまい事まとめ、その上で何か面白そうな事を書け、という事だと思う。要約は元来大の苦手なので、以下に出版者の売り文句を引用する。出版者の書いた物なら、読みたくさせるために最大の努力がされているだろうし、練られた要約にもなっているはずだ。

……太平洋戦争に敗れた日本人が、戦後いかに振舞い思想したかを、占領期から70年代の「ベ平連」までたどったものです。戦争体験・戦死者の記憶の生ま生ましい時代から、日本人が「民主主義」「平和」「民族」「国家」などの概念をめぐってどのように思想し行動してきたか、そのねじれと変動の過程があざやかに描かれます。

登場するのは、丸山真男、大塚久雄から吉本隆明、竹内好、三島由紀夫、大江健三郎、江藤淳、さらに鶴見俊輔、小田実まで膨大な数にのぼります。現在、憲法改正、自衛隊の海外派兵、歴史教科書などの議論がさかんですが、まず本書を読んでからにしていただきたいものです。読後、ダワー『敗北を抱きしめて』をしのぐ感銘を覚えられこと(ママ)間違いありません。

素晴らしいが、さらに便利のために序章から小熊の言葉を引く。

現代ではしばしば、「戦後日本は豊になった」と語られる。しかし、その戦後とはいつの時代を指すものなのだろうか?戦争の被害で大幅に低下した日本の一人当たりの国民総生産が、戦前水準を回復したのは、敗戦後十年を経た一九五五年である。となれば、一九五四年までを「戦後」と考えるなら、「戦後、日本は貧しくなった」と述べられねばならない。

(中略)

……一九五五年をもって「戦後」は終わったというのが、当時の認識であった。その「戦後」が終わったとき、「五五年体制」と高度経済成長に象徴される、もうひとつの「戦後」が始まったのである。かりにここでは、前者の「戦後」を「第一の戦後」、後者の「戦後」を「第二の戦後」とよぼう。

「第一の戦後」ではどんな事が考えられ、言われていたか。あるいは、ある言葉がどのように評価され、発せられていたか。それが「第二の戦後」によってどのように変遷し、訳分からなくなったか、そんな本。

可愛そうな吉本隆明

この本は、取り上げる思想家について、それぞれの戦争体験から語り起こして、その思想の形成と変遷を辿っている。例えば丸山真男なら、戦前はマルクス主義の影響を受けて超近代主義的な主張をしていたが、戦争体制の不合理性、軍隊の不合理性を体験して、そもそも日本においては民主主義や近代自体が未到の課題である事を認識し、近代の再評価に到った、とする。吉本隆明なら、戦中に徹底して戦争に没入せず、旧友を戦地に送り出す一方で自らは大学に進学した事に対する罪責感から逃れるために、敗戦によって裏切られた愛国少年だったと自己定義し、「反逆の息子」としてあらゆる秩序への憎悪へ到った、とする。

いわば思想家一代記であり、丸山真男論、吉本隆明論として充分な物ではない。

人がある思想を抱くに到る原因は、たとえそれを戦争という誰にとっても重大な出来事に求めても、それほど明快に説明できるような物ではないだろう。小熊はあとがきに「そもそも、自分を(註:研究に)突き動かしている動機が何なのかなど、当人自身にわかるはずがない」と書いているが、岡目八目の利があるとしても、他人にだって簡単に分かりはしないはずだ。あるいは、記述の量が全体的な思想家論としては不足だ。吉本隆明の最も良く知られた著作である『共同幻想論』(私は「目を通し」はしたけど、「読む」事はできませんでした)について十数行で済ませている本は、吉本隆明論にはなり得ない。

つまり、『<民主>と<愛国>』はそのように読む本ではなく、戦後思想の全体を整理して見通すための本だ(横文字で言やあ「パースペクティブ」)。丸山真男は「日本では、たとえば儒学史とか仏教史だとかいう研究の伝統はあるが、時代の知性的構造や世界観の発展あるいは史的関連を辿るような研究は甚だまずしく」と、日本における思想史の貧弱を批判しているが、この本を読む人は、1945年以来という短期間の、身近だと思われている思想が、その実靄がかかったようにして、きちんと把握されていない事に驚くはずだ。というか、私が驚いた。

おそらく「第一の戦後」と「第二の戦後」の境目辺りに広がっている靄を突き抜ける道具として小熊が用いた「言葉」は、ここでは大変効果的に働いている。「愛国」や「民族」や「国民」や「責任」その他現在では保守派の語彙となっている言葉が、様々な組合わせで「民主主義」と結びついて革新ナショナリズムを形成していた、という話を読んで、中道以左の人間(ヤな言い方だ)は「やばいなー」と思いながらも何だか嬉しくなってしまうはずだ。というか、私がそうなった。

「公」に関する議論を保守派から奪還する、という意図を小熊は自覚的に持っており、それに恐らく好き嫌いも加わって、福田恒存、吉本隆明、江藤淳など、私的な、また感覚的な物を重視する思想家はかなり辛辣にやっつけられている。級友への罪責感や自己正当化の欲求から手当たり次第に権威(「戦後民主主義」を含む)を罵倒する吉本隆明を戯画的に書いた十四章は、別に吉本シンパじゃない私にもちょっとひでえなあと思えた。

ただし、吉本への悪評価は、そこら中をしっちゃかめっちゃかに掻き回して「戦後」に靄がかかった要因(かつ結果)として批判する点で、この本が書く思想史の中で意味を持っている。「老いぼれ」、「ばななの親父に過ぎない存在になった」のようでない、全体的な吉本への批判を私は知らなかったので、この徹底的な批判は少なくとも私にとっては、吉本(全共闘、大学紛争、etc.)から何となくの神話性を剥ぎ取る意味を持った。もちろん、それで吉本を片付けるのは乱暴だし、それには記述が少なすぎるし、そもそも私は吉本も大学紛争も全然知らないのだけど。

手段としての歴史

以上述べたように、これは丸山真男に代表される「第一の戦後」における革新ナショナリズムを再評価する本だ。しかし、それを50年の間隔をおいてそのまま現在に持って来ようとしても無茶だ。「第一の戦後」の最高揚期として小熊が位置づける60年安保闘争に参加し、没入した沖縄出身の学生が、安保闘争のナショナリズムから沖縄が排除されている事を思い知らされ愕然とした、というエピソード(『<民主>と<愛国>』543ページ)は、当時の革新ナショナリズムの限界を示している。

それに、「第一の戦後」の思想が大方忘れられてしまった事も、その限界の現れだ。小熊は戦後思想を人々の戦争体験が結晶した物として位置づけているが、そうだとすれば、戦争を直接体験していない世代の人が多数を占める今(イラク戦争を奇妙な形で「体験」してはいるのだけど)にそのまま持って来るのは無理だ。パルチザンの英雄チトーが死んだ後、ユーゴスラビアは跡形も無く瓦解したのだった。加えて、戦争を強烈に体験した人々の間でも、戦争に参加する立場や成り行きの相違によってディスコミュニケーションが生じた事を小熊は強調している。

つまり、歴史をそのように直接的に用いるべきではない。歴史から復活させようとしたり、現状を歴史によって正当化したり批判したりするやり方は駄目だ。

「歴史」は現在、保守派の語彙だと言ってもそんなに外れない。恐らくその様な文脈の上で、先号『マーキュリー』の座談会で匿名の(?)Tさんは、過去から現在、未来を必然として紡ぎ出す装置としての歴史を批判しているが、そうじゃない歴史の用い方があるんじゃないかと思うのだ。

私は高校以来今でも世界史が大好きなのだけど、それは例えば、ヨーロッパの東に強大な勢力としてあったビザンツ帝国やイスラム世界を知る事によって、頭の中の西欧中心主義が転倒する事に快感を覚える、というような所にある。もちろん、ビザンツ帝国なりイスラム世界なりの歴史は所詮支配者の歴史じゃないか、というように、さらに不断に転倒されるべきだろう。このように、自分の立ち位置を揺さぶって、相対化する手段として歴史は使えるはずだ。

『<民主>と<愛国>』の思想史は、自分が何かを考える時にその考えの土台がいかに形成されたかを、何かを言う時にその言葉の辿った変遷を明らかにする事で、自分の立ち位置を揺さぶる。では、立場を揺さぶられて、さてそこから何が生まれる?泰山鳴動して、というほど確固たる立場を持っていた訳じゃないが、鼠の一匹くらいは生まれて欲しいもんだと思うのだけど。

ナショナリズムと個人主義に関する短い考察

鼠一匹の候補として、今、保守派の「健全な」愛国心に対抗して革新からも「健全な」愛国心を構築する、という可能性について考えてみる。「第一の戦後」の日本は、帝国主義時代の蓄積から恐らく潜在的な大国ではあったのだろうが、現象面では貧しい後進国だったから、ナショナリズムは倫理的な上昇志向と結びつき得たのだろう。「経済大国」日本でそれは難しい。

今から見れば渾然一体の上昇志向である当時の思想から、現在も有効性を持つ物が何かと言えば、ナショナリズムではなく個人の確立という事になるのではないかと思うが、あえて「愛国」を題に持って来たやり方は中々センセーショナルで面白いなあ。

総括

総括すると、6300円+税(生協で買えば6000円ちょい)を出して買っても、決して損はしない本だ。コスト対体積(あるいは質量)の観点からすれば、この1000ページに及ぶ大部は一見してお得だ。原爆ドームの群集の前で、昭和天皇が帽子を掲げている表紙の写真も、中々面白い。